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鹿児島地方裁判所 昭和52年(行ウ)1号 判決

原告 明生木材株式会社

被告 鹿児島県知事

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(主位的請求)

1 被告が片上義寛の昭和五一年一月一三日付霧島屋久国立公園特別地域内における木竹の伐採許可申請に基づき同年一二月一七日付でした許可処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 被告がした前記許可処分が無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文同旨の判決。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五一年二月一九日、片上義寛(以下「片上」という)に対し、原告所有の別紙物件目録記載の山林五筆を、代金三億五、〇〇〇万円、うち手附金として五、〇〇〇万円、残金は一億円宛三回に分割して支払うとの約で売り渡した。

2  片上は、右約定に基づき手附金五、〇〇〇万円を契約成立時に支払つたが、残金の第一回支払分一億円をその支払期限である昭和五一年五月三一日までに支払わず、原告が片上の申出により期限の猶予を認めた同年六月二五日を経過してもその支払をしなかつた。片上は原告に対しその後の支払予定等について何らの申出をしないので、原告は、同月二九日片上に対し、右売買時における特約により契約解除の意思表示をなし、右意思表示は同年七月初旬片上に到達したので、前記山林の売買契約は解除された。

3  片上は、右に先立ち、前記売買契約の締結が予想されていた昭和五一年一月一三日、原告の同意をえて被告に対し、前記山林中霧島屋久国立公園の地域にある別紙物件目録記載(一)ないし(四)の山林の一部の木竹につき自然公園法一七条による伐採許可申請をしていたが、前記のとおり右売買契約が解除されたため、以後、片上は右申請の目的である木竹について何らの権利を有しないこととなつた。

4  しかるに、被告は、片上の前記許可申請に対し、同人が右木竹につき適法な処分権を有するものとして、昭和五一年一二月一七日同年指令環第六一五号をもつて同法一七条三項による木竹伐採の許可(以下「本件許可処分」という)をした。

5  本件許可処分は、国立公園の特別地域内に生立する木竹所有者又は処分権者の申請によりその伐採を許可するものであり、右処分当時木竹の所有者でも処分権者でもない者にこれを附与することは許されないものであるから、原告はその取消を求める。なお、片上は、被告から本件許可処分を受けるや、右木竹につき何らの権利を有しないにもかかわらず、右許可書を悪用し、あたかも本件売買契約が有効に存在していて右木竹の処分権を有するように装い、原告の所有に属する木竹を不法に処分しようとしており、事実上原告の右木竹に対する所有権が侵害される危険があるから、原告には本件許可処分の取消を求めるにつき法律上の利益があることも明らかである。

6  仮に右取消の主張が認められないとしても、前記のとおり本件許可処分は木竹の所有者でも処分権者でもない者に伐採許可を与えるもので、行政行為として無意味なものであり、許可制度本来の目的からみて重大な瑕疵を含み、かつ、原告はこれにより不測の損害を受けるおそれが十分あるから、無効たるを免れず、原告は本件許可処分の無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の答弁の理由

1  原告が主位的請求において取消を求める本件許可処分は、自然公園法一七条三項による許可であつて、講学上のいわゆる「許可」あるいは「警察許可」に該るものである。

すなわち、同法における木竹の伐採許可は、社会公共の利益のために自然景観を保護し維持することを目的として(同法一条)、本来私人の自由になしうべき行為について一般的禁止を設け、右目的に支障がないと判断される個々の場合に、行政庁の許可により一般的禁止を解除し、行為の自由を回復させるものであるから、まさに右「許可」に該るものであり、許可申請者が木竹の伐採権限等の私法上の権利を有しているか否かは、その許否の判断にあたり考慮されるべき事項ではない。従つて、本件許可処分により前記木竹の伐採につき自然公園としての景観保持に支障がないと判断されて禁止が解除されたにとどまり、これにより原告の私法上の権利が侵害されることは起りえないから、原告は右処分の取消を求めるについて法律上の利益を有するということはできない。原告の主位的請求は不適法として却下されるべきである。

2  原告の予備的請求は、行政事件訴訟法三六条の要件に該当しないから、不適法として却下を免れない。すなわち、本件許可処分はこれに続く処分というものを考えることができないので、当該処分に続く処分による損害の発生する余地がない。また、原告が本件許可処分の無効確認を求めるについても法律上の利益を有しないことは、前記二の1で説明したとおりである。請

三  求原因に対する被告の答弁及び主張

1  請求原因1のうち、原告が片上に原告主張の山林を売り渡したことは認めるが、右売買契約の成立時期は否認し、その余の事実は知らない。

2  同2の事実は知らない。

3  同3のうち、片上が原告主張の日に被告に対して本件木竹伐採許可申請をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

4  同4のうち、被告が片上に対し原告主張の日にその主張の山林中第三林班について木竹の伐採許可をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

5  同5の事実は争う。

6  同6の点は争う。

7  仮に本件訴が適法であるとしても、本件許可処分の性質は前記本案前の答弁の理由で述べたとおりであり、被告は実体上の伐採権限の存否を調査確認して許否を決するものではないのであるから、原告と片上との間の取引においてその主張のとおりのいきさつがあつたとしても、本件処分の適法性には影響がなく、原告の本訴請求はその主張自体理由のないことが明らかである。

四  被告の右主張に対する原告の答弁

被告の右主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告が片上に対し本件許可処分をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が右処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有しているか否かについて検討する。

1  本件許可処分は自然公園法一七条に基づくものであるが、同条一項によれば、環境庁長官は国立公園又は国定公園の区域内に特別地域を指定することができるところ、同条三項により右特別地域内において木竹の伐採行為をするには、国立公園内にあつては環境庁長官(但し、同法三八条、同法施行令二五条によりその権限が都道府県知事に委任されている。)の許可を受けなければならない旨を規定している。成立に争いのない甲第三号証の一ないし五、同乙第三号証の一ないし四、第四ないし第八号証、第九号証の一ないし五によれば、本件伐採許可の対象たる地域は霧島屋久国立公園内にあり、かつ、自然公園法一七条一項にいう特別地域の指定のある場所であることが認められる。

2  ところで、自然公園法は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することを目的として制定されたもので(同法一条)、同法一七条は、右の目的に則り、国立公園等の風致を維持するためその区域内に特別地域を指定したうえ、同地域内においては本来私人の自由になしうべき木竹の伐採その他の行為に関しあらかじめ一般的禁止を設けたものと解される。従つて、同条に基づく許可は、右の目的に対する支障がないであろうと判断される個々の場合に、申立によりその一般的禁止を解除し行為の自由を回復させることを内容とするものであつて、いわゆる「許可」(警察許可)に該るというべきである。

3  してみると、本件木竹伐採許可申請にあたり、当該行政庁である被告は、専ら前記自然公園法の趣旨目的の観点から一般的禁止の解除の当否を判断すべきものであつて、許可の対象たる地域や同地上に生立する木竹についての私法上の権利関係は審査の内容となるものではない。他方、本件許可処分により、その申請者である片上に対し、許可に係る地域の木竹につき罰則(同法五〇条)の適用を受けることなく適法に伐採を行いうる地位を附与するにすぎず。同地域に生立する木竹の処分権や同地域に関する所有権その他の権利については何らの影響を及ぼすものではない。それ故、原告がその主張のとおり同地域の木竹についての処分権や底地の所有権を保有しているとしても、片上に対する本件許可処分により右の権利が侵害されたということはできない。

4  原告は、片上が本件許可処分を受けるや、これを利用して同人が本件地域の木竹につき処分権を有しているように装い、右木竹を不法に処分しようとしている旨主張しているけれども、前記のとおり、本件木竹に対する処分権の存否は本件許可処分とは係わりのないものであり、所詮は紛争当事者間の私法上の権利関係如何によつて決せられるべきものであるから、原告主張のような事情があつたとしても、原告が本件許可処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有するということはできない。

三  原告は予備的請求として本件許可処分の無効確認を求めているので、右無効確認の訴につき行政事件訴訟法三六条に規定する原告適格の存否を考察するに、本件許可処分はこれに続く処分なるものが考えられないものであるから原告は後続処分により損害を受けるおそれのある者に該らず、また、前記二で説示したとおりの理由により原告が本件許可処分の無効確認を求める法律上の利益を有しているということもできない。それ故、原告が右無効確認を訴求するにつき同条に規定する原告適格の要件を具備していないことが明らかである。

四  以上のとおり、原告の本件訴はいずれも不適法であるから、本案の審理に立ち入るまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大西浅雄 林五平 森高重久)

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